解説熱海温泉の歴史

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熱海温泉は歴史も古く、約1500年前の古墳時代からと伝えられている。

 海中から熱湯が噴き出し、魚が爛れ死ぬのが発見されて以来、
 「熱い海」であることから、熱海と名付けられたとされる。

 奈良時代の頃には、箱根権現の万巻上人が、この「熱い海」のために
 不漁に苦しむ漁民たちを救済すべく、祈願により源泉を海中から現在の
 山里に移したという伝説も残されている。

 江戸時代に入ると、温泉地として大きく発展した。
 徳川家康が来湯したのをはじめ、徳川御三家や大名も熱海温泉を好んだ。
 以来徳川家御用達の名湯として名を馳せ、家光以降には、熱海の湯を
 江戸城に献上させる「御汲湯」を行わせた。

 明治時代には、尾崎紅葉など多くの文人墨客が訪れ、多くの作品がこの地
 を舞台に描かれた。
 代表的なものは、尾崎紅葉の「金色夜叉」であり、熱海を全国区のもの
 にし、一目でも物語の舞台を見ようと、多くの観光客が熱海を訪れた。

 昭和30年代は、新婚旅行のメッカなり、熱海温泉はカップルで賑わった。

 高度経済成長期に入ると団体旅行客を誘致するようになり、
 その客目当てのストリップ劇場や風俗店が増え、イメージが低下。
 家族連れの客離れが進んだ。

 バブル経済以降は団体客は減り、以前ほどの集客は望めずに休館する
 旅館が目立つようになった。
 それにより、町が寂れた印象を与え、更に客離れが進むという悪循環に
 陥った。

 現在は、温泉ブームに乗って個人客は徐々に増えつつあり、都心からの
 交通網の豊富さ、手頃な温泉地、リゾートとして再び脚光を浴びるよう
 になっている。



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